hiden voice


2007/8/24「一歩退くということ」

残暑厳しい毎日ですが、皆さん、夏バテしていませんか?
ここ軽井沢は、朝晩はだいぶ涼しい風が吹くようになり、過ごしやすくなってきました。
この暑さももう一息だと思います、頑張って乗り切りましょうね!

皆さんは、この夏をどう過ごしたのでしょうか?
僕は、ようやく重い腰をあげて、8月に入ってから本格始動しています。
この暑さの中のトレーニングは、辛い日もありますけど気持ちがいいです。
信じられないほどの大量の汗、そして、汗をかいたあとはとても気分が晴れやかです。
そう言えば、春から始めた初めての畑。
畑には毎日行かないと、野菜が育ちすぎてしまいます。
今は、キュウリ、ナス、ピーマン、オクラ、枝豆、大根、トウモロコシ、ブロッコリなどが毎日採れ、
我が家は野菜中心の食生活となっています。
ほぼ毎日、生のキュウリをかじっていますが、
その日、そのツルによって味が違い、野菜も“生きているんだなぁ”と感じます。
畑の指導をしてくれているオーナーさんには当然感謝していますが、
毎日僕たちに恵みをくれる、自然にも感謝したいと思う、毎日でございます。

前にも話したことがあるかも知れませんが、hiden mailを書くタイミングは、
フッと書きたくなった時に書きます。
そして、その書きたくなるとき・・・というのは、
ここ最近では、自分自身にメッセージを伝えたい時なのだと気が付きました。
人間は、残念ながら弱く、絶対に一人では生きていけません。
そして、自分が弱くなった時、何かを感じた時、最近の僕はhiden mailを書きます。
それが、ひとつのメッセージとして、自分に言い聞かせているのですね。

さて、今日の題名にある「一歩退くということ」
この言葉は、皆さんにはどのように聞こえるでしょうか?

僕にとっての「一歩退くということ」という、今回の題名の意味は、
自分自身の“持論”を見つめ直して、一歩退いてみてはいかがかな?・・・という意味です。
少し前に、e-space member 内で書いた言葉になりますが、これは非常に大切な事だと思います。

“吾日三省吾身(われ日に三たびわが身を省みる)”

僕は毎日、寝る前に1日を振り返り自分自身を見直します。
ここ最近特に、自分自身に色々と起こりすぎて、省みることが多いのですが、
それだけに、自分自身の何がいけなかったのかを考えることが多いです。
結果的に、自分の思い通りにならないことが多いから、何かに衝突していたのかもしれません。
これは、単なるわがままでしかありません。
そこで、なるべく相手の立場になって考えてみることにしました。
時には、人間は感情的にもなるし、そう言った感情が自分の中から生まれてくるのはしょうがないとしても、
そう言った時に、どれだけ相手の立場になって物事を考えられたか?
その結果、“一歩退く”ことが大事なのだと感じました。
しかし、この世の中ですから、自分を主張して前に出ることも必要ですし、
きちんとした“持論”を持つことは大切なことだと思います。
真がある“持論”があってこそ、“一歩退く”事が出来るかもしれません。

どんなことでも、相手に物事を受け入れてもらわなければ、事は進みません。
簡単に説明をすると、どんなに好きな相手でも、相手が振り向いてくれなければ恋愛には発展しない。
仕事でもそうです、相手が求めているものに応えられなければ、そこに仕事は成立しません。

ご存じの方もいるかもしれませんが、僕はスノーボードだけで食べているわけではありません。
自分自身の仕事があり、初めてスノーボードに没頭出来る環境を作り上げています。
そして、その仕事上、様々な分野の方々と取引をしたり、接したりする機会があります。

一つ一つのビジネスが成立するため、また、今の世の中が乱れないためにも、
何らかの基準やルールはとても大切だと思います。
しかし、基準やルールでしか計れない物差しはどうなのでしょうか?

例えば、昔からの伝統を引き継いだ職人がいたとします。
腕はいい、そして、長年積み上げた経験からの“持論”があったとします。
しかし、相手が求めていることを感じ取れなければ、それはただの傲慢でしかありません。
依頼する側がいるとしたら、それに最大限に応えられるような柔軟性がなくてはいけないと思うのです。
先日僕は、ちょっと嫌な思いをしました。
それは、その人達が積み上げてきたことを、当たり前のように突きつけられ、
「これが当たり前ですけど、それが何か?」というような言い方をされました。
そうです、その人達は自分たちの“持論”が強すぎて、新しい発見を求めていないのです。
僕は、その後そのことについてインターネットで調べてみました。
そして、新しい打開策がたくさんあることを知り、自分でやろうと決意しました。
やれば出来ます、きっと出来ます。
そして、答えは一つではないのです。
それが仕事なら尚更、相手が求めているものを感じ取り、相手を満足させる事が必要だと感じます。

多くの基準やルールといえば、銀行や保険会社が代表されると思います。
銀行や保険会社には、多くの基準やルールがあり、それを満たしているかどうかの判断をし、
そして何らかの契約に発展していく。
どんなに人間関係が充実していたとしても、そこに当てはまる基準はないのです。
数字だけが、その人を判断する一つの物差しでしかなく、決断は紙の上でしか出来ないのです。

職人気質の強い人も、ルールに縛られた世界に生きている人たちも、
与えられた基準を下に、その仕事をこなせば、それでいいのでしょうか?

僕は、本当の人間関係は、そこからは生まれないと思っています。
ビジネスを成立させるためには、基準やルールは必要だと思います。
しかし、人対人は、もっと奥深く大切なことだと考えています。
それでも、人対人を重んじて生きていると、時にいいこともあります。
ルールの枠を超えて、人間の情が勝ることがあるからです。
よく“プロフェッショナル”と言いますが、腕がいいだけでは“プロフェッショナル”とは呼べないと思います。
何事にも、人間性が充実してこそ、本物になれるのだと思います。
そして、人対人の人間関係が充実すること、それが一番だと思います。

土地柄、僕は色々な人と接する機会があります。
それは、自分自身のチャンスだと思って、その機会を大切にしています。
そして、多くの方々が本やDVDをプレゼントしてくれて、その一つ一つを、
なぜ僕にこれをプレゼントしてくれたのか?と考えながら読み見ています。
人の本当の気持を感じ取る事はとても難しいです。
それでも、相手の立場になって考えられる人間になりたいと思いました。
そして、自分はスポンジにならなければいけないと感じています。

僕は今32歳、知識も経験もまだまだです。
だからこそ、学びたいと思っています。

今回も・・・、難しい話になってしまって、本当にごめんなさい(苦笑)
そして、ちょっと長いhiden mail になってしまいましたね。
今度は、楽しい話しを出来たらいいと思っています。
いつも、僕の難しい話に付き合ってくれてありがとう。
そして、最後まで読んでくれてありがとう。

ひで