hiden voice

2003/6/13 「限界スピード」


そろそろあちらこちらで梅雨入り宣言が。軽井沢は霧に囲まれ、毎日どんよりした日々を過ごしています。そして、日課となっているゴルフも、最近はお休み気味。あぁ、スカッと晴れないかな?なんて思っている今日この頃であります。

さて、前にお話ししたと思います。「立山で限界スピードを超えた・・・」と。
しかし、常に限界スピードはプッシュされ続けています。今までに滑ったことのない広いゲレンデを全開で滑ったり、レースで自分をプッシュし続けたり・・・。つまり、毎年毎年限界スピードは超えているし、自分の限界スピードも上がっています。
立山での「限界スピードを超えた」というのは、正確に言うとスピードの違う領域を見たと言うようなことになるのかもしれません。このような体験は、今回を含め2度ほどスノーボード人生の中でありました。今日はそんな、僕自身が味わった貴重なお話しをしましょう。

一度目は、4年前のことになります。
4年前、プロ一年生の俺は、更なる技術の進化を目指しフランスへと渡っていた。目的は世界で戦えるようになるため、世界トップクラスのチームでトレーニングすること。
その当時、フランスにザビエルと言うコーチが率いるプライベートチームがあった。メンバーは誰でも知っている超豪華メンバー。マチューボゼット、ニコラウエ、イザベルブランなど、当時も世界を代表するライダー達だった。
そんな中、世界との差を肌で感じていた俺は、ひたすらトレーニングを積み、ザビエルの素晴らしいコーチングでめきめき上達しているのを楽しんでいた。限界スピードも上がり、テクニックも磨かれ、本当にレースするのが楽しみでしょうがない時期だったと思う。
そして、トップライダー達はワールドカップに遠征へ。ワールドカップに出る権利のなかった俺は、一人フランスに残り地元で開催されたレースに出場していた。初めての海外でのレース、自分がどこまで通用するのかが楽しみでならなかった。
種目は確かPGSだった。最高の状態に圧雪されたバーンコンディション、中斜面から急斜面と落ち込むレースバーン。ポイントもないので最後の方からの出走だったと思う。
記憶にある限り、急斜面に落ち込むまでは気楽にスムーズに、そして今までにない滑りだったと思う。そして、今までにないスピードを肌で感じていたと思う。その後、急斜面への斜面変化を落ち込み記憶は消え去った。
気付いたときにはコース脇へ、そして自分が転んだことが確認できた。バインディングを外そうとしたその時、右手に激痛が走った。その瞬間グローブのように晴れている自分の手を見てビックリした。その後慣れないフランス語の町をさまよい、町医者にいった。
帰ってくるときの俺の姿は、右手の肩口までされたギブス。見事に粉砕された俺の右腕。
それが一度目のスピードの領域を超えた瞬間。その後、料理が出来なかった俺は、帰国までの一週間フランスパンだけをかじり過ごした覚えがある。

そして2度目はこの間の立山。落ち込んだ瞬間、やばいと思った自分と行ってしまえと思った自分と、それはもう怖いというよりすごく気持ちがよかったと思う。今までにない気持ちよさの中、転がり落ちているときも冷静だったと思う(笑)

というわけで、簡単に話すとこんな感じ。
俺のスノーボード人生での2度の体験はこんな感じだ。これからも、スピードを追い求めている限り、このような体験をする可能性はある。スピードに負けずに自分を高めていきたいとも思う今日この頃である。
次はいったいどんな体験をするのやら・・・?
ひで